これらの49枚の銅版は、世界各国に住むアーティスト、デザイナーや音楽家などの友人たちに送られました。プロジェクトを開始したのは2019年の9月です。
当初は、2020年の11月のフランスでの展覧会までにすべての銅版を回収し、刷り上げる予定でした。しかし、コロナ禍により、2020年4月には欧米各国のロックダウンで海外からの荷物が届かなくなり、銅版はそれぞれの場所の土の中に、当初の予定より長くとどまることとなりました。
日本国内に送られた銅版も、緊急事態宣言の影響で到着が遅れ、すべての銅版が戻ったのは2020年の秋でした。通常、私が作る土腐食の版は3ヶ月から6ヶ月ほど土に埋めますが、今回は1年から1年半にわたり、世界各国の土の中にあったものもあります。
こうして銅版が思いがけず長いあいだ土の中に眠っている間に、フランスをはじめとするヨーロッパの感染拡大により、11月に予定されていた展覧会は中止となりました。
展示の機会を失った銅版でしたが、小さなポストカード大の銅の板を土に埋めるというプロジェクトに賛同いただいた方々の協力で、2021年の4月現在で43枚の銅版が無事に手元に戻りました。
−銅版とともに送られてきた「2020年5月11日、ロックダウン明けの日に掘り出した銅版」というメモ
ロックダウンが明けてすぐに送ってくれたフランスの友人、家族がコロナにかかったことで長期間の自主隔離中にあったというポーランドのアーティストなど、当初想定していなかったコロナという出来事が、今回のプロジェクトを徐々に特別なものにしていきました。
この間、銅版を埋めてくれた人たちが、私が想像した以上にその行為に思いをこめてくれたことはうれしい驚きでした。土に埋め、掘り出し、送るという、ある意味シンプルな行為は、コロナ禍の中、改めて距離を超えて繋がり合うことの意味を私達に教えてくれたような気がしています。
銅版はインクを詰めて何度も刷ることができますが、埋められた直後の気配を写し取れるのは最初の1刷り目だけです。手元に届いた銅版は、洗ったり拭いたりせず、なるべくそのままの形で刷ることに注意を払いました。銅版に残った記憶、埋めた人の手の跡などを刷り取りたかったからです。
ー青銅が浮き出た状態の銅版もありました。青銅は2刷り目からは消えてしまうので、刷るのはワンチャンスです
また、銅版を送ったあと、私はそれぞれの人にその銅版を埋めた場所の物語やエピソードを送るように頼みました。さまざまな、胸躍るような物語が集まりました。
刷るときは、その物語を何度も読みながら、埋めてくれた人たちの顔を思い浮かべ、時間をかけて一枚ずつ刷りました。物語からうけたインスピレーションを私なりに消化して、インクの色を付加しています。また、拭き取る時の強弱も調整しています。
土が変化させた跡は、偶然の産物であり、それは作家の描画とはいえないという人もいますが、こうしたプロセスにより、今回の作品は埋め手と私とのコラボレーションにより生まれたものだと思っています。
ー訪れたことのある彼女のパリのアパルトマンから見える花と公園の風景を思い出しながら、インスパイアされた色を付け加えていく。インクの拭き残しも模様となっていく。
紙の上に刷りだされた模様は、不思議なことに埋め手の気配を映し出しているだけでなく、物語の片鱗を彷彿とさせる形が出現するものが多く、刷っている間は感動と興奮の連続でした。
加えて、戻らなかった銅版の行方も興味深いエピソードがたくさんありました。
埋めて目印を立てたはずの場所を、どんなに掘っても魔法のように消えてしまったというパリの銅版。埋めている間に火災にあったフランスの友人の家の庭では、彼女の家とともに銅版も焼失してしまいました。確かに投函されたはずなのに、日本に届かなかった銅版は、いまも世界のどこかを旅しているのかもしれません。これらの物語もまた、今回の作品の一部です。
コロナでさまざまなつながりを失ってしまった2020年から2021年という特別な時間でしたが、このプロジェクトがあったことで、遠く離れた国にいる人達や、近くにいるのに会えなくなってしまった国内の人たち繋がり続けることができました。 ここしばらくの間、自分にとっての創作は一体何を意味するのかと考えることも多かったのですが、改めて、アートとは生きることそのものであり、社会や世界を解釈し、つながるための手段なのだということを教えてもらった気がします。
2020年11月に予定され、中止となったフランスの友人との2人展は、2021年6月に別の場所で新たな企画として延期されました。
が、その展覧会も、さらに延期となり
現在、2022年7月のフランスでの展示を予定しています。
銅版の物語は、友人と私で朗読したものを2020年3月にフランスで録音しましたが、いまだ使われる機会がないまま眠っています。ここまで時間が止まったような1年を過ごしましたが、そろそろ日本での展示もできるといいなと思っています。
世界を旅した49枚の銅版たちの物語は
ー埋めた場所、埋めた人 その人の職業
そして、それぞれの物語から抽出したタイトルをつけました。
テキストは、埋め手の母国語が先に表示され
訳があとに続くように配置されています。
すべての版のサムネイルはこちらからご覧いただけます。
こちらの場所ではすべての物語を一度に閲覧いただけます。
49という数字は、仏教では死者が極楽浄土に旅立つまでの日数でもある特別な数字でもあります。このプロジェクトが完成する時、新たな世界が生まれていることを祈りつつ。これからも創作を続けたいと思っています。
ー2刷り目以降の版で構成したコラージュ作品です
2021年6月 ももせいづみ
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